致知 2019年1月号
人工知能が拓く日本の活路
テクノロジーの発展とそれに伴う社会変革、そして人類の歴史の記載がありました。AIを軸とする情報革命も現政府を始め各国政府や企業においても第四次産業革命と銘打って来たるべき変化への備えや対策の警笛を鳴らし我先にと国家間、企業間の主導権を握る大きな指標として設定されているようです。またそこにはビッグデータが欠かさずそれら情報を持つ国家や企業が最大の権力を持つために情報収集の争いも顕著になってきたようです。
予想される変化に対応出来なければ進化出来ず退化するのみです。今後これらのテクノロジーが発展していくと私達のアイデンティティを覆される事が頻繁に起こり更に変化に対応するスピードが大事になると私は予測します。
その象徴がシンギュラリティではないでしょうか。論理的な問題を人間が考えるよりも合理的な結果をいとも簡単に教えてくれるでしょう。ただ倫理的な事は教えてくれるでしょうか?判例や公序良俗といった明文化されたようなルールは教えてくれても新たなテクノロジーによる、新たな事象による社会への影響への善悪は誰が判断するのでしょうか。
それらの倫理的判断の根拠になるものが国家であり、宗教であり、文化風習であると思われます。かたや多様性や独自性といった国家や宗教に縛られない考えない個の尊重の考え方も広まってきました。そこに私は矛盾を感じます。国家とは何のためにあるのか?
私たち一人ひとりが国家や宗教、ひいては企業や集団に囚われて思考停止状態、すなわち均質で画一的な人間になるのではなく自立して独自性を発揮し他を認める多様性を受け入れ生活する事でシンギュラリティを超える社会や国家形成の一翼を担えると思う次第であります。